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東京地方裁判所 平成3年(ヨ)2267号 決定 1992年1月31日

債権者 千葉稔

右代理人弁護士 中丸素明

同 渡會久実

同 岩橋進吾

同 鎌田正紹

債務者 三和機材株式会社

右代表者代表取締役 志村肇

右代理人弁護士 大下慶郎

同 納谷廣美

同 西修一郎

同 和田一郎

主文

一  債務者は、債権者に対し、金二五万四〇九三円及び平成三年八月から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月二五日限り金三一万二七四五円を仮に支払え。

二  債権者のその余の申立を却下する。

三  申立て費用は債務者の負担とする。

理由

第一申立ての趣旨

1  債権者が債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は債権者に対し、平成三年七月より、本案判決確定に至るまで、毎月二五日限り金三四万二八八五円(但し、平成三年七月分については、既払いの金五万八六五二円を控除した額)を仮に支払え。

3  申立て費用は債務者の負担とする。

第二当裁判所の判断

一  争いのない事実及び《証拠省略》によれば、次の事実が一応認められる。

1  当事者

(一) 債務者会社(以下、単に「会社」または「三和」という。)は、昭和三〇年一〇月二一日に設立された資本金二億八〇〇〇万円の株式会社であって、工作用機械・資材の製作・販売及び輸出入業等を主たる目的としており、肩書所在地に本社を置くほか、大阪に支店、福岡、札幌に営業所、広島に出張所、千葉、成田に工場をそれぞれ有し、従業員は約一三〇名(後述の申立外サンワマトロン株式会社(以下「サンワマトロン」あるいは「新会社」という。)へ転籍出向したものを除く。)である。

(二) 債権者は、昭和五二年に会社に入社し、千葉工場品質管理課へ配属となったが、同年一二月に同工場にサービス課が新設されるのに伴い、同課へ配置替えとなり、その後昭和五七年六月に東京営業所にサービス課が設置され、同課へ所属となった。

(三) 債務者会社には、その従業員らで組織する全日本金属情報機器労働組合東京地方本部三和機材支部(組合員一九名、以下「組合」という。)がある。

債権者は、昭和五三年右支部の前身である三和機材労働組合の執行委員となり、昭和五四年一〇月には書記長に選出され、以降、支部に改組(昭和五四年一一月一〇日)された後も現在に至るまで一一年余にわたって継続して書記長の地位にある。

2  本件解雇通告

会社は、債権者に対し、平成三年七月五日付け書面により解雇通告(以下「本件解雇」という。)をしたが、その理由は、同年七月三日に会社が債権者に対して新会社へ転籍出向を命じたにもかかわらずこれを拒否し、同社への出勤を拒んでいることが就業規則二八条一二項の「業務上の指揮命令に違反したとき」に該当するというものであった。

3  会社の倒産と和議

(一) 会社は、主として各種産業機械の製造販売を行い、主力製品は基礎工事用無騒音・無振動杭打機「アースオーガー」、下水道工事用水平推進掘削機「ホリゾンガー」であったが、右機械の製作販売は昭和四〇年代の日本の高度経済成長期の波に乗り売上高は急速に拡大した。しかし、昭和四八年秋の第一次石油ショックを契機に建設業界は昭和五〇年以降長期的不況に入り、公共投資の抑制、民間設備投資の縮小が続き、それに頼らざるを得ない会社も業績の低迷が続いた。その間会社は種々企業努力を続けたが、取引先が破産したため会社も手形の決済不能に陥って倒産し、同年三月三一日付けで和議の手続開始の申立てを行った。

(二) 昭和六二年二月二五日、東京地方裁判所は和議を認可する決定を行なったが、和議条件の要旨は次のとおりであった。

① 会社は、各和議債権者に対し、和議元本債権の五〇パーセントを一〇年間にわたって、毎年五パーセントずつ支払う。

② 右支払いがなされたときは、各和議債権者は会社に対し、その余の和議元本債権並びにこれに対する利息・損害金の支払いを免除する。

③ 会社の代表取締役である志村肇は、右①の債務を連帯保証する。

その後、現在まで和議条件は順調に履行され、再建計画は順調に進んでいる。

4  新会社サンワマトロンの設立

(一) 新会社設立の必要性

会社は、平成三年四月一二日に債務者会社の営業部門を独立させ新会社サンワマトロンを設立したが、新会社設立の必要性は次のような理由によるものであった。

すなわち、外部的要因として、中堅企業に成長した会社は、建設機械に頼りすぎ、昭和五〇年代の低成長期には会社の製造技術の能力範囲だけの営業に固執し、新分野の営業へ目を向けることもできず、環境の変化に柔軟に対応できなかったが、欧米先進国のこれまでの経過からすると、日本においても今後生活基盤の整備が進むことにより公共投資が徐々に削減され、建設機械の需要が減ることが予想でき、これに対処するためにはこれからの一〇年間の内に新分野(環境公害対策機器・工作機械・建設機械関連機器等)への進出を検討していかなければならないが、そのためには営業部門を別会社にして自社製品にとらわれない販売会社が必要であったこと、昭和六一年後半から景気が回復し、同六二年から求人難となったのであるが、会社は前記倒産により企業イメージを損なったため、営業部門を別会社にして企業イメージを一新しなければ優秀な人材を確保することが困難となっていること等があった。

また、内部的要因として、会社はこれまで年二回経営計画会議を開催し、目標数値・戦略を発表し、各部門の責任体制を認識させてきたが、依然営業部門と製造部門相互間の依存意識が強く、在庫の増大やクレームの責任問題について問題が解決されなかったこと、会社は全部門共通の勤務体系・賃金体系をとってきたが、営業部門と製造部門では労働の形態が異なるため、賃金や労働時間等の労働条件を別にする必要があること、会社は和議会社であり、金融機関からの資金調達が難しく、客先への割賦販売やリース販売は即現金化できず、競合他社に後れを取ることがしばしばあったこと等から営業部門と製造部門とを別会社にする必要があった。

(二) 新会社の概要

新会社の概要は次のとおりである。

本店所在地 三和と同じ

目的 工作機械・資材の製作販売及び輸出入並びにその代理業

鉄製・木製パレット並びに荷役用器具の製作販売

プラスチック製の機械部品の製作販売及び輸出入並びにその代理業

建築工事請負、不動産の売買・仲介・賃貸・斡旋・管理

損害保険代理業、有価証券の保有並びに運用業務

右に付帯する一切の業務

資本金 五〇〇〇万円

株主 三和の社長志村肇六〇パーセント、三和二五パーセント、三和の総務部長五十嵐幹也一五パーセント

組織 社長は三和の社長が兼ね、社長を除く取締役二名の内の一名は三和の総務部長が担当し、残り一名は同会社の元取締役営業部長が担当し、監査役も同会社の取締役総務部長が担当する。

事業所 本社は三和があるビルと同一ビルの五階を賃借し、社長室と総務部は四階を使用し、三和と共用している。

従業員数 平成三年七月一日現在、役員四名、管理職(課長以上)六名(三和の管理職がそのまま就任)、社員(三和の営業部員の内債権者を除く全員がそのまま就任、及び総務部員二名が就任)、嘱託二名(三和の営業部員一名と総務部員一名がそのまま就任)、パートタイマー四名(三和の営業部員がそのまま就任)の総員五二名である。

5  人事異動(転籍出向)

(一) 就業規則の変更

会社は、平成三年一月一四日の定時取締役会で販売会社設立が決定されたことを受け、転籍出向について検討したところ、当時の就業規則では、「配置転換、移動、出向」として第一七条①項に「会社は業務の都合により、……出向を命ずることがある。」、同条④項に「①項の出向(出向とは、関連会社に期間を定め勤務させるものをいう)については、別に定める「出向規定」に基づき行う。」との規定はあったが、出向規定はなかったので、出向規定を整備することとなり、四月一日から実施することを目標に検討してきた定年及び退職金規定の改定とともに出向規定を完成させ、同年一月二八日の定時取締役会にて就業規則一部改訂案が可決承認された。

右出向規定によれば、第一条に「通則」として「本規定は、就業規則第一七条の④に基づく従業員の出向(転籍を含む)の取り扱いについて定める。」として、出向に転籍出向が含まれることが明らかにされるとともに、第三条②項に「転籍出向者は、転籍出向時をもって会社を退職し、出向先会社(以下、出向先という)に籍を置く。」、第四条に「出向期間はそのつど定める。ただし、転籍出向は除く。」と定められている。

(二) 意見聴取と届出

会社は、平成三年一月二九日に本社職場代表者会議を開き、就業規則一部改訂の説明を行うとともに各営業所にも改訂案を配布した。

また、右同日千葉工場職場代表者会議も開かれ、会社は右問題について説明を行うとともに、同月三〇日、総務部次長が大阪支店に赴き、同支店の従業員に就業規則の改訂について説明を行った。

就業規則改訂についての従業員代表の意見は、本社、札幌営業所、福岡営業所及び大阪支店は「特にない。」というものであったが、千葉工場及び成田工場の意見は、いずれも出向期間の最長限度を定めることと、転籍出向の規定の削除を求めるというものであった。

その後、本社及び各事業所は、平成三年三月一二日から同年四月一七日までの間に、それぞれ所轄の労働基準監督署に就業規則変更届を提出し、会社は、同年四月一〇日に就業規則の改正部分の差し替え及び追加用頁を各事業所へ発送し、各事業所はこれを全従業員に配布した。

(三) 新会社設立の発表と転籍出向の内示

会社は、同年五月九日に従業員に対して営業部門を分離独立させ、新会社を設立したことを明らかにするとともに、営業部門に勤務する従業員については七月一日付けで全員をサンワマトロンへ「転籍出向」させる旨内示した。

6  人事異動発令前の会社と組合との交渉

会社と組合は、新会社設立と転籍出向の問題に関して合計七回にわたる団体交渉(以下、「団交」という。)を行ったが、団交の内容の要旨は次のとおりであった。

平成三年五月一三日に本件新会社設立に関する最初の団交を行い、席上会社側は新会社の概要について説明し、質疑応答を行ったが、組合側は転籍出向者には同意を得るように話し合うこと、組合員については組合が交渉に当たること、原則的には組合幹部の出向には応じられないこと等の意見を述べ、同月二三日の団交では、会社側は新会社の概要を記載した資料を組合に交付して説明した。

同月三一日の団交では、組合から会社に対し、転籍出向等労働条件の変更に関する事項については組合員及び組合が委任を受けた社員についてのみ組合が交渉に当たることを通告するとともに債権者他二名の組合員の名前が公表された。

同年六月五日の団交では、会社は組合に対し、新会社の就業規則を交付し、新会社の就業規則は新会社に不必要な部分を削除し、社名を変更した以外は会社のものと同一であり、労働強化が目的でない旨説明したが、組合側からは転籍出向か在籍出向かの選択権の有無、新会社と会社との取り引き関係の内容、転籍出向を納得しない場合の取り扱い等の質問がなされ、同年六月一〇日の団交でも、前回とほぼ同様の内容の話し合いが行われた。

同年六月一七日の団交に於て、組合は①会社は新会社設立の狙いを「市場に密着した営業」「組織の活性化」「待遇の改善」「機動性に富んだ資金の運用」の四点を挙げているが、本当の狙いは四番目にあるのではないか、②希望する者には当面は在籍出向を認めることはできないか、③新会社の先行き不安を払拭するためにも三年位は労働条件の最低基準は三和と同じにできないか、④万一新会社が倒産した時は無条件でその時の社員全員を三和で引き取れないか等七点につき会社の意向を問い質す質問書を提出した。

これに対し、会社は、同年六月二五日の団交で、右組合の質問に対する回答を記載した書面を組合に提出したが、それによると新会社設立の目的は前記四つの点すべてが目的でありその間に優劣はないこと、希望者に在籍出向を認める考えはないこと、労働条件を一定期間三和と同じにする考えはないこと、新会社が倒産した場合に全会社員を三和で引き取る考えはないこと等とされていた。

六月二六日の団交で、会社は、組合が要求した三和と新会社の社印を押した「サンワマトロン株式会社(新会社)について」と題する書面を提出し、新しい問題がない限り団交を打ち切る旨通告し、組合は転籍出向については本人の同意を得てから(組合員については組合の同意も)行うこと等の要求を記載した「要求書」を提出した。

平成三年六月二七日、会社は同意のあった出向者全員(社員・嘱託四五人)に転籍出向辞令を交付(当日不在の者に対しては翌日交付した。)した。

なお、五月九日の発表以後、転籍出向対象者に対し、各所属長が説明をした結果、債権者を除く営業部員(組合員二名を含む)はこれに同意した。

その後、会社は六月二八日に同月二六日付け要求書に対する回答書を組合委員長に直接交付するとともに、同年七月一日に団体交渉打ち切りの文書を組合に交付した。

7  債権者に対する説得と解雇

(一) 債権者に対する発令前の説得と経過

会社は、前記転籍出向の内示後、債権者の直属の上司であるサービス課課長塚本慶宗が、同年五月一〇日、同月二四日、六月一二日の三回にわたって直接本人に(五月一〇日は電話)説明し、転籍出向に応じてくれるよう説得したが、本人にはこれに応じる様子は見られなかったため、以後は債権者の上司である営業部長中村公、人事担当として取締役総務部長五十嵐幹也・総務部次長吉田弘が説明に当たることになった。

六月二七日午前一〇時一五分から五五分までの間、本社五階応接室で、会社側からは右中村、吉田、塚本が出席して債権者に新会社への転籍出向の同意を求めたが、債権者は自分は組合書記長であり組合に任せているので返答はできないとして話い合いは平行線のまま終わった。

翌六月二八日午前一〇時から一一時までの間、本社五階応接室に於て会社側からは右吉田、塚本及びサービス課員張本武雄が出席し、前回と同様の話をしたが、前回と同様の結果に終わった。

さらに、同年七月一日、同月二日と会社側は債権者に対し説得を続けたが債権者は組合に任せているとしてこれに応じようとはせず、会社側は、この状態では業務命令を出さざるをえないと伝えた。

(二) 発令後の経過と本件解雇

同年七月三日午前一〇時四〇分から一一時までの間、本社四階応接室に於て前記五十嵐、吉田、塚本が債権者と会い、席上右五十嵐が三和の転籍出向辞令を、右吉田がサンワマトロンの勤務辞令をそれぞれ読み上げたうえ交付しようとしたが、債権者は右各辞令の受領を拒否し、コピーが欲しいというので、会社側はコピーを交付した。その後、債権者は、同日の午後三和機材千葉工場に行き、大塚総務課長に対し、「明日以降は千葉工場に出勤する」と述べたので、右大塚は、「サンワマトロンに転籍出向の辞令が出たので、三和機材の工場では仕事をさせることはできない」と伝えた。しかし、翌四日の朝も債権者は千葉工場に出勤したので、右大塚は組合事務所以外の場所への出入りを禁じた。

同年七月五日午前八時四〇分に、債権者は、三和機材の社員として仕事をするために出社したとして本社に出社してきた。前記吉田は、転籍出向辞令が出ているのでサンワマトロンで仕事をするように要請したが債権者がこれを断ったため、債権者を五階の会議室に連れて行き、午後一二時一五分まで考えさせた。その後同日午後一時二五分から二時までの間、前記五十嵐と吉田が本社四階応接室で債権者と会い、転籍出向に応ずるよう説得し、「就業規則上の問題で懲戒解雇となるがそれでも行けないか」と質したが、「自分は組合に任せており組合の考えと同じである」と答え、転籍出向に応じない旨を明らかにしたため、右五十嵐は債権者に対する解雇通告書を読み上げ、コピーとともにこれを債権者に渡した。

8  債権者の賃金等

債権者の給与額は、直前三か月の平均は月額三四万二八八五円であり、支払日は毎月二五日であった。会社は債権者に対し、平成三年七月五日までの給与(七月分は金五万八六五二円)は支払ったが、その後は本件解雇を理由に債権者の就労を拒否し、その後の賃金の支払を拒絶している。

二  本件解雇の有効性

本件の争点は、会社のした本件解雇が有効であるか否かであり、その前提として本件転籍出向命令が有効かどうかである。

1  本件転籍出向命令の有効性

本件解雇は、債権者が、会社の発した新会社への転籍出向命令に従わなかったことを理由としてなされたものであるから、本件解雇の有効性につき判断するためには、その前提として本件転籍出向命令の有効性につき判断しなければならない。

よって、その点につき判断するに、債権者は、使用者が労働者に対し転籍出向を命ずるには当該労働者の具体的同意を必要とするところ、本件においては債権者の具体的同意がないのはもちろん、仮に百歩譲って包括的同意で足りるとしても、それさえもないのに転籍出向命令がなされているから、本件転籍出向命令は無効であると主張し、これに対し会社は、まず、会社のした本件転籍出向命令は、会社と新会社とは法人格こそ別であるが実質的には同一会社であって、出向者にとっては給付すべき義務の内容及び賃金等の労働条件に差異はないのであるから出向になっても何の不利益もなく、したがって本件転籍出向については配転と同じ法理により、会社の持つ包括的人事権に基づき、従業員の同意なしに命じ得ると解すべきである旨主張する。

ところで、「配転」と「出向」のそれぞれの意義については必ずしも明確ではないが、一般的には両者の違いは、「配転」はそれがなされる前後を通じ、労働契約締結の当事者である使用者の指揮命令の下で右使用者に対し労務を供給する点は変わらないが、労働者の勤務場所あるいは職種を変更する形態の人事異動であるのに対し、「出向」はそれがなされた後は労働契約の当事者である使用者の指揮命令下を離れて第三者の就労場所においてその指揮命令を受けて労務の供給をする形態の人事異動である点にあると解されており、特に「出向」のうちでも、出向元との間の労働契約関係を存続させたまま出向先の使用者の指揮命令下で労務を提供するいわゆる「在籍出向」ではなく、出向によって出向前の使用者との間の労働契約関係が消滅し、出向先の使用者との間にあらたなる労働契約関係が生じる(本件出向規定にも同旨の規定があることは前記のとおり)いわゆる「転籍出向」の場合には、結果的には労働契約の当事者に交換的な変更を生じる点において労働契約の当事者には何らの変更のない配転とは決定的に異なる。

したがって、一方が実質的には独立の法人と認められないような場合はともかく、本件のように二つの実質的にも独立の法人格を有する会社の間においては、いかに前記のように労働条件に差異はなく、人的にも、資本的にも結び付きが強いとしても、法的に両会社間の転籍出向と一方の会社内部の配転とを同一のものとみることは相当でなく、転籍出向を配転と同じように使用者の包括的人事権に基づき一方的に行ない得る根拠とすることはできないというべきである。

また、これを実質的な面からみても、労働契約関係にあっては、労働者は継続的に労務を供給することによってその対価として賃金を得ていくのであるから、仮に転籍出向時点での労働条件に差異はなくとも、将来において両会社の労働条件に差異が生じる可能性があるとすれば、労働者にとってはどちらの会社との間に労働契約を締結するかということは転籍出向時点でも非常に重要な問題であり、そういう問題の生じない配転とは同一に扱うことはできない。

これを本件についてみるに、前記認定事実からすれば、新会社設立時点においては両社の間には労働条件については差異はないといえるが、前記認定のように、会社は組合との団交の過程で、組合側の三年位は新会社の労働条件の最低基準を会社と同じにして欲しいという要求をあくまでも拒否していることからしても、三年先程度の近い将来においてさえ新会社の労働条件が会社のそれを下回らないという保障のないことは明らかであり、また、両社の間には資本金の額だけではなく両社の主たる業務の種類の相違から資産の内容にも差異があることが明らかであることからすれば、いかに三和が和議中の会社であったとしても、それだけで新会社の方が経済的に安定しているとはいえず、労働者にとっては両会社は実質的に同一であるとはいえないし、使用者の変更に不利益がない等とは到底解することができない。

したがって、以上いずれの面からみても、本件転籍出向を配転と同様に解すべきであるとする会社の主張はとり得ない。

次に、会社は、本件を配転ではなく出向とみるとしても、就業規則(出向規定を含む)において、転籍出向を含めて「会社は業務の都合により配置転換、転勤、応援、派遣、出向を命ずることがある」(就業規則一七条)「本規定は、就業規則第一七条の④に基づく従業員の出向(転籍も含む)の取り扱いについて定める」(出向規程一条)と定めているのであって、これら就業規則の規定は、債権者との間の労働契約の内容になっているのであるから、本件転籍出向については債権者の包括的同意があるといえるのであって、右包括的同意の外に個別的な同意は必要としないと解すべきであると主張する。

しかしながら、前記認定のように、出向規定が作られたのは、債権者が会社に入社した一四年後、本件転籍出向命令が発せられるわずか三か月前のことであり、しかも債権者は本件出向規定にはそれが発表された直後から反対していることが明らかであり、さらに債権者の職場の従業員代表の意見は「特にない」というものであったが、他の職場の従業員代表の意見の中には転籍出向の規定の削除を求めるという意見が複数存在していたことからすると、出向規定の内容が、債権者はもちろん、その適用をうける全従業員の労働契約の内容となっていたとは到底解し難い。

しかも、会社は、出向規定を作る以前の就業規則自体に転籍出向を認めた規定があったかのような主張をしているが、前記認定のようにそれ以前の就業規則自体には「出向を命ずることがある。」としているだけで、転籍出向を含むかどうかは就業規則自体からは明らかではなかっただけでなく、これまで転籍出向を命じた例もなく、かえって就業規則ではわざわざ「出向とは、関連会社に期間を定め勤務させるものをいう」と定義づけしたうえ、「出向については、別に定める「出向規定」に基づき行なう。」と規定していることからすれば、就業規則自体で予定していたのはむしろ出向規定でいう「在籍出向」であったことが一応推認される。なぜなら、転籍出向は前述のようにそれにより従前の使用者との労働契約関係は消滅し、出向先とは新たな労働契約関係が設定されるのであるから、法的にみればそれによって労働契約関係が消滅する従前の使用者との間で出向期間を定めること自体矛盾であるし、それが当然に出向先の労働契約の存否あるいは内容に影響を及ぼすものとはいえないから、期間が経過したからといって出向先の意思に関係なく当然に転籍前の会社に復籍(出向先との労働契約関係は消滅)できるものでもなく、その意味でも期間を定めることは無意味であるからである。出向規定が、前述のように出向期間の規定から転籍出向を除いているのは当然のこととして理解できる。

また、債権者が会社に入社した際の就業規則には、右に述べたようにただ「会社は……出向を命ずることがある。」とするだけでその具体的な内容を規定する出向規定も作られておらず、また審尋の全趣旨によれば会社の関連企業といえるものも具体的には存在していなかったことが一応認められるのであって、そうであるとすれば、就業規則に右規定があったというだけでは在籍出向についてさえ、債権者の包括的な同意があったと解することには極めて疑問があると解さざるをえない。

いずれにしても、本件においては転籍出向につき債権者の包括的同意があったとは認め難く、他にこれを疎明する資料はない。

そして、前述のように、転籍出向は出向前の使用者との間の従前の労働契約関係を解消し、出向先の使用者との間に新たな労働契約関係を生ぜしめるものであるから、それが民法六二五条一項にいう使用者による権利の第三者に対する譲渡に該当するかどうかはともかくとしても、労働者にとっては重大な利害が生ずる問題であることは否定し難く、したがって、一方的に使用者の意思のみによって転籍出向を命じ得るとすることは相当でない。

ただ、現代の企業社会においては、労働者側においても、労働契約における人的な関係を重視する考え方は希薄になりつつあり、賃金の高低等客観的な労働条件や使用者(企業)の経済力等のいわば物的な関係を重視する傾向が強まっていることも否定できず、また使用者側においても企業の系列化なくしては円滑な企業活動が困難になり、ひいては企業間の競争に敗れ存続自体が危うくなる場合も稀ではないことからすると、いかなる場合にも転籍出向を命じるには労働者の同意が必要であるとするのが妥当であるか否かについては疑問がないではない。しかしながら、希薄になりつつあるとはいえ労働契約における人的関係の重要性は否定することはできず、また契約締結の自由の存在を否定することができない以上、右のような諸情勢の下にあってもなお、それが常に具体的同意でなければならないかどうかはともかく、少なくとも包括的同意もない場合にまで転籍出向を認めることは、いかに両社間の資本的・人的結びつきが強く、双方の労働条件に差異はないとしても、到底相当とは思われない。

本件の場合においては、両社の間には右物的な関係においても差異がないとまではいい難いうえに、債権者は本件転籍出向につき具体的同意はもちろん包括的な同意もしていなかったのであるから、右同意を得ないでした会社の本件転籍出向命令は無効という外はない。

2  本件解雇の有効性

以上のように、会社が債権者に対してなした本件転籍出向命令は無効であるから、債権者においてこれを拒んだとしても何ら責められるべき筋合いのものではなく、会社の就業規則二八条一二項の「業務上の指揮命令に違反したとき」に該当しないので、右を理由とする本件解雇は無効であると解され、したがって、債権者主張の被保全権利の存在が一応認められる。

三  保全の必要性

《証拠省略》によれば、債権者の家族は妻(四〇才)、長男(中学一年生)、長女(小学校六年生)の外に義姉(四二才)がおり、義姉は障害者で働けず、妻の両親も高齢のうえ健康もすぐれないので現在障害児教育に携わっている妻が面倒を見ていること、妻は公立小学校の精神薄弱特殊学級の担任教師をしており、給与は手取り月金二三万一九三四円であること、債権者の給与は直前三か月の平均は前記のように月額金三四万二八八五円であるが手取りは金二二万三八一〇円であり、そのうち通勤費が金三万一四〇円含まれていること、債権者家族の資産は、平成元年に取得した土地建物があるがその取得費用はほとんど借金で総額金三五八〇万円になり、ローンの支払いは年間金二四〇万三九一八円で月々の支払い金額は金一三万八八五六円、ボーナス時(年二回)にはそれぞれ金三六万八八二三円を月々の支払いに付加して支払っていること、月々の支払いはローンの支払い金九万八三九円(残額は妻の給与から天引き)を含めると家族全員分で約金四五万円にものぼり、これに家屋の維持修繕費等を合わせると月々の収入では賄いきれず、赤字はボーナスで賄っていることが一応認められ、右事実からするとこのまま放置していては債権者が回復し難い損害を被ることは明らかであるから、賃金仮払の保全処分の必要性が認められる。そこで、賃金のうち仮払を認めるべき範囲について検討するに、右諸事情からすると、現時点では会社が債権者の就労を拒否しているので、債権者は会社に出勤しなくとも賃金請求権を失うものでないから、前記月平均給与額から交通費相当額は控除するのが相当であり、右控除後の月額金三一万二七四五円の範囲(平成三年七月分は、前記のように金五万八六五二円は支払済であるので残額金二五万四〇九三円となる。)で仮払の必要性が認められる。また、債権者は、本案判決確定に至るまでの賃金の仮払を求めているが、未だ本案訴訟も提起されていない段階で本案確定に至るまでの間の債権者の経済状態まで判断することは困難であるし、第一審の判決の言渡しによって被保全権利の存否も更に明確なものとなると思われ、それにより紛争が解決する可能性も考えられるので、右賃金仮払の必要性の認められる期間は、第一審判決言渡しまでとするのが相当である。

また、債権者は、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める旨の申立てをしているが、賃金の仮払を認める外に右地位を保全すべき特段の事情の疎明はないので、右仮処分の必要性は認められない。

四  結論

以上のとおり、本件申立ては、平成三年七月から本案第一審判決言渡しに至るまで、毎月二五日限り月額金三一万二七四五円(同年七月分については既払い分を控除した金二五万四〇九三円)の割合による賃金仮払を求める限度で理由があるから、事柄の性質上保証を立てさせることなくこれを認容し、その余の申立て部分は、その疎明がなく、その性質上保証をもってこれに代えることは相当でないと認めるのでこれを却下することとし、申立て費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条に従い、主文のとおり決定する。

(裁判官 高田健一)

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